英語史研究支援のコンピュータ可読異写本 パラレル・テクストの果たす役割に関する研究 -- 平成8(1996)年度研究計画 --
発表者連絡先:〒157東京都世田谷区成城6-20-1成城大学
TEL 03-3482-1181 FAX 03-3482-8999 E-mail ikegamik@seijo.ac.jp Electronic Diplomatic Parallel Manuscript Texts: Their Usefulness for English Historical Linguistic Studies The Project of the Academic Year 1996 Presenter: IKEGAMI, Keiko (Junior College, Seijo University) Address: 6-20-1 Seijo, Setagaya-ku, Tokyo 157 Phone: 03-3482-1181 Fax: 03-3482-8999 E-mail: ikegamik@seijo.ac.jp
課題名:英語史研究支援のコンピュータ可読異写本パラレル・テクストの果たす役割に関する研究
代表者:久保内端郎 (東京大学・大学院総合文化研究科)
分担者:太田宜子 (駒沢女子短期大学)
池上恵子 (成城大学短期大学部)
小林絢子 (東京家政大学文学部)
小野祥子 (東京女子大学文理学部)
Scahill, John (成蹊大学文学部)
田辺春美 (成蹊大学文学部)
中村幸一 (明治大学政治経済学部)
キーワード:英語史研究支援,異写本パラレル・テクト,中英語宗教散文,電子テクスト化,言語情報処理
1.研究の背景,資料,および目的
(1)背景:英語という言語の変化が研究対象である「英語史研究」にとって,一次資料としての文献は,不可欠である.印刷技術の導入が15世紀後半であったという事情から,対象となる文献のほとんどすべては,今日の文字とはかなり異なる文字・書体を用いた手書きの書写本(manuscript)として残っている.現代のアルファベットの活字に転写した校訂本がある文献も少なくない.従来の,あるいは今後も,言語研究が,権威ある編者の校訂本に負うところが多大であることは言うまでもない.しかし,近年,すでに校訂本がある場合でも,写本に戻って言語の実態を把握することの重要性が見直されている.
(2)資料:今回対象とする『修道女戒律』(Ancrene Wisse以下
AW)と呼ばれる13ー14世紀の宗教散文は,古英語(Old English:およそ
700-1100)から中英語(Middle English:およそ
1100-1500)への英語の変化が著しかった移行期の諸相を示す資料として重要なものである.比較的文献が乏しい時期に,この作品には,10点の異写本があり,加筆,修正,その他書写に伴う写本間の言語的な違いは,時間的変化および地理的差異(方言)などの言語的情報を示すと考えられ,英語の史的研究の資料として利用価値が高い.この時代,多くの文献がラテン語やフランス語から英語に翻訳されたものであるが,この作品は,英語で書かれ,その後ラテン語およびフランス語訳が成立し,複数の写本が残っている.
(3)目的:この利用価値の高い文献を,異綴り(語の異形),語の分割,句読点,特殊記号(省略形),特殊文字(大文字の区別),パラグラフマーク,彩色状況,加筆修正などについて厳密に写本から転写し,可能な限り多くの写本の情報を取り入れた電子テクストとして作成する.2で述べるような経過から,成立年代(推定を含む)順に並置したパラレル写本が,まだ為すべきことが多いこの時期の英語史研究に有益であることを確信した.また,AW
を一つの試みとして,英語史研究に役立つ電子テクストのありかた,どのような点で役割を果たし得るか等を検討することが重要な研究課題である.
2.経過,計画,および入力時の問題点
(1)経過:既にいくつかの写本を転写し,言語研究としての成果をまとめてきた私たち研究グループは,最近,AW
の10点の写本のうち特に,MS.Vernon と呼ばれるBodleian Library,
Oxford, MS. Eng.Poet.a.1 [略記:V]
を慎重に転写して検討を重ねてきた.さらに異写本,Corpus Christi
College, Cambridge 402 [A]; London, BL Cotton Cleopatra C VI [C]; BL
Cotton Nero A.xiv [N]
を加えてパラレルテクストとして入力し,その過程で,言語的事実について多くのことを学ぶとともに,コンピュータ可読パラレル・テクストの可能性を検討してきた.
(2)計画:この作品は,8章から成り全写本を総合すると膨大な量であるが,今年度は,序文,第1・第2章について,上記の4写本のほかにラテン語訳写本4点のうちの一つ(BL
Cotton Vitellius E.vii)およびフランス語訳4点の一つ(Trinity
College, Cambridge R.14.7)も入力する.
2種の訳は,英語写本で問題となる箇所の語句や構文の解釈の参考になる.さらに,残りの6写本(BL
Cotton Titus D,XVIII [T]; BL Royal 8C.1 [DR]; Gonville and Caius
234/120 [G]; Magdalene College, Cambridge Pepys 2498 [P]; Lanhydrock
Fragment [LK]; Laud 201 [LD]:
うち最後の2点はフラグメント)についても,可能な限り努力したい.写本のマイクロフィルム,ファクシミリ,カラースライド(朱書き部分や加筆修正の確認に有用)を用い,既存の校訂本テクストを参照しつつ作業を行う.写本の閲覧を申請し,最終的には問題点の確認を直接行う必要が生じる可能性がある.しかし,今回最も主要な写本として取り扱っているヴァーノン写本の閲覧は極めて困難である.なお,この写本の校訂本は,刊行が予定されている
EETS版が,現在まだ準備段階であり,それに先だって電子テクスト化が行われることにも意義がある.
(3)入力時の問題点:次に基本4写本のサンプルで具体例を挙げて,いくつかの問題点を指摘したい.特殊文字を記号で置換してある場合の説明は,該当するもの以外は省略.<<A
f.13>> 1
A of his grace . *e hwite cros l4impe= to ow . For *reo crosses C of his grace . 9*e hwite cros limpe= / to ow . for *reo crosses N of his grace . *et hwite creoiz limpe= to ou . uo *reo manere creoices V of his grace . P / *e white falle* to ow . ffor *reo crosses
2
A beo= . read . & blac . & hw4it *e reade limpe= to *eo *e
beo= for C beo= . read & blac & / wit . 9*e reade limpe= to
*eo @ beo= for N beo= . read . & blake . & hwit . @ reade
limpe= to *eo 3 @ beo= uor V be* . Red . and / Blac . and . whit .//
*e Rede . falle* to *ulke *at beo* / for 3
A godes luue wi= hare blod shcedunge irudet & ireadet as
C go/des luue wi= hare a\en blod irudet & irea/ded aswere N go-/des luue mid hore blodshcedunge iruded & ireaded 3 ase
V godes loue w7i7* hare blod shcedynge . I.redet and / redet . as 句読点:現代英語の基準とは異なる.その機能について,近年研究が進んでいる.3は, punctus elevatus を示す.punctus の前後にスペースを入れる.大文字Iの後は別扱い.語彙:動詞 limpe= (= は edh; eth): falle* (* は thorn). 他の例としては,本来語(AngloSaxon) と[Norman] French, Old Norse 系語彙の交替が明確に分かる場合が多い.対象箇 所を見ることで交替の状況が把握しやすい. 綴り字:hw : wh; -ung(e) : -yng(e); luue : loue; f : u; = : * その他.異綴りを総合的に検索す ることで,一時的な変更か,その写本の(写字生の)言語の特徴か,検討できる. 語形:*e:*et, *at, @ (*at[that] の省略形). 指示詞から冠詞への変化を問う場合に, 対比は有用. 代名詞の語形,名詞の格語尾,動詞の時制・態表示など用途は多い. 語の分割:blod schedunge : blodshcedunge の例は,さほど重要な違いではないが,語の分割 の有無が解釈に関わる場合もあり重要である.ただし,スペースの確認は,入力者の判 定に依存する.検索用ファイルの場合には,一語と認識させるための修正が必要となる. 大文字:現代英語の基準は存在しないと言われている.しかし,入力の段階で無視してよ いとは考えない.なお,小文字と同形でサイズが大きい場合には9を付けて区別してい るが,校訂テクストの場合と同様,入力者の判定に依存することになるのは,免れない. 語・句(・節)の単位での異同:写本の混乱や写字生の読み違いとして校訂するのでなく, 現状での解釈を可能な限り試みるのが最近の主流であり,平行写本を直ちに参照できる パラレルテクストの意味は大きい. その他:写本を用いた場合の用例への言及は,通常,写本のフォリオ番号行数で行われる. この情報は,特に写本Aを基本として複数の写本を並列する場合に,他の写本について は,どのように入力し,どのように利用可能とするのか,検討を要する. 以上は,わずか3行の例による指摘であるが,研究者が各自の目的のために利用できるように,ほぼすべての写本の情報を入力し,データとして引き出せるようにしたい.
3.電子テクスト化の方針および課題と展望 (1)方針:以上のような言語の特殊性を可能な限り処理して,電子テクスト化を行う.ハイパーテクスト化,コンコーダンス化の問題も併せて検討する.各写本ごとのファイルによる検索にはほぼ問題はないと思われるが,パラレルであることの価値をどのようにして活かすか,検討の必要がある.異写本資料入力ソフトCOLLATEを今回使用していないが,そのフォーマットとの比較も必要となろう.AWK,OCP などの既存のソフトでどの程度までの処理が可能か検討し,多くの研究者にとって利用可能なデータベースのあり方を研究していきたい.公開できる段階に至れば,妥当な方法での提供を考えたい. (2)課題と展望:今回目指す電子テクストにより,写本間の比較検討および検索の作業が容易になる.既に存在している,たとえば Helsinki Corpus of English Texts(1989)およびそれに先行する Toronto DOE Corpus による研究は,すでにいくつもの成果をみているが,異写本資料に対しての対応は不十分である.今回の目的であるかなりの総量をもつ単一作品の,異写本並列の電子テクストは,完成したならば,英語史研究に貢献するはずであり,少なくとも,この種のテクストのあり方について,問題を提起するであろう. 私たちは,写本に立ち返るという当初の目的とともに,校訂本テクストを参考にマイクロフィルム等を用いて写本での確認作業の結果を入力する.写本の各葉からフィルム・スキャナーによる電子イメージ化の可能性もあり,フォリオの構成,書体,(カラーの場合)朱書き部分などの情報を提供することになるが,全体を対象とするか部分か,等の問題もあり今後の課題となる.
http://www.nijl.ac.jp/sympo96/p96-3.html